これも知人のススメでDVDでの鑑賞です。
「ライフ・オブ・デビット・ゲイル」。
いつもは比較的アッサリと感想を書いていますが、
この作品は少々語って見たいと思います。
ネタバレですので、まだ見ていない方は読まないようにしてください。

まず、主演はあの”ケビン・スペーシー”。
表情で語りかける最高の俳優です。
監督は、アラン・パーカー、制作・脚本に”ニコラス・ケイジ”という
豪華なメンバーです。

ストーリーは冤罪と死刑廃止運動を軸に進められていきます。
2転3転とするなかで、何が真実で事実なのか?
新の目的は?と考えさせるモノです。
「あなたはこの結末に満足できますか?」という問いかけが
サブキャッチとしてついています。
感想は、なんというのでしょう。
一言で言えば映画の威圧感。
ジャブが立て続けに来る作品とでもいうのでしょうか?
まず、”法の歯車は簡単には変えられない”というテーマ。
法と言う絶対的権力にも誤りはあるというメッセージです。
死刑制度を安易な反対、賛成としない大きな課題です。
そして”習性”というテーマ。
ジャーナリストを利用して全てがゲイルの計算づくのストーリーに
なっています。
真実を暴く期限を与える事も、死刑へのカウントダウンとリンクして、
時間軸さえもゆがむかのような思い込みを感じさせます。

事実と真実。
真実は無い。客観的判断が事実。という矛盾を映像で表現していきます。
それは、見ている者を疑心暗鬼にさせる事で、
本当の事実とは何なのか?と訴えかけてきます。
途中、全てが疑わしくなるような錯覚を覚えます。
怪しいカーボーイの登場などもそうでした。
哲学という切り口からの死刑論
天才哲学者であるという設定から、
人の死と法律の矛盾をつきつめて行きます。
全てが天才”ゲイル”の仕組んだストーリーであり、
全てが緻密に計算されています。
しかしながら、ここに至るまでには、
”子供がどう自分を捉えるか?”という実にシンプルながら、
親としての当たり前の動機なのです。
これと、死刑制度反対運動の活動家が、
協力した・・・という話なのですが、
実は、きっかけは単純で、人が勝手にややこしくしてるんだ!
法なんて金や権威で動く単純なもの・・というメッセージが
隠されているような気がします。
しかも、人はそんな事に踊らされて、
まさにガラスで物事を見ているんだ!という風刺を感じました。
なんともまとまりが無い文章になってきましたが、
映画の中でのシーンやセリフが全てのキーワードになっており、
目が離せないだけでなく、見終わった後、
もう一度検証する必要がある映画なのです。
そういえば、映画の中で異常なまでに”タバコ”を否定しているのも、
社会風刺の一つでしたね(笑)
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